ふくろう通信

ふくろう通信 月のウサギ

2009年9月 

月のウサギ

 

今年の中秋の名月は10月3日(土)だそうです。

月を見ればウサギさんが餅をついていますが、そのウサギさんの悲しくも美しい話があります。
良寛の長歌の「月の兎」です。
以下が口語訳ですが、これを読んで月に目をやると、また違った想いを抱くことになると思います。

 

 

遠い古い世の話、ある所に猿と兎と狐とがいて、三匹は友達となり、仲良く年を過ごすうち、天におられる天帝釈がそのことを聞かれて、三匹の真実を知ろうと思いたたれ、翁の姿になって、彼らの所によろめきながら行って申されるには、「お前たちは種族が違うにもかかわらず、いつも一つの心で仲良く遊んでいるという。
まことに私が聞いた通りならば、この翁の飢えを救え」そう申されると、杖を投げて横になられた。そんなのはおやすい御用でありますと言って、猿はまもなく後ろの林から木の実を拾ってきた。狐は前の川原から魚をくわえて翁に与えた。
兎はそこらじゅうを飛んだり跳ねたりして回ったけれども、残念にも何も得られないで帰ってきたので、翁が「兎は猿や狐と心が違うようだな」と罵られると、哀れな兎は考えを決めてこういった。
「猿は柴を刈ってきてくれ、狐はそれで火を起こしてくれ」、そこで猿と狐が言われたようにすると、兎はその炎の中に身を投げて、知らぬ翁にわが身を焼いて与えた。
翁はこのことを知ると心深く嘆き悲しみ、天をうち仰いで泣き、地に倒れ、しばらくして胸を打ち叩きながら申されるには「汝ら三人の友達は、いずれが劣るということはないが、兎はことに心が優しい」と申されて、兎の死骸を抱えて、久方の月の宮に葬られた。
今に至るまで語りついで、月の兎というのは、このことが元であると、この話を聞くわれらさえも、白妙の衣の袖が涙に濡れそぼることだよ。

大事な惜しむべき自分自身を翁への犠牲にしたと、現世の今にその話を聞いても、身にしみることだよ。

 

この話は「清貧の思想」で有名な中野孝次の著作「良寛 心の歌」の最後の部分にあります。

中野氏は次のように書いています。

さて私は最後に一大決心をして「月の兎」と題する良寛の長歌でも最長篇を取り上げた。良寛がわざわざこういう歌を作ったのには、やはり志とでも言うべきものが動機にあっただろうと思うからだ。良寛はこの兎の自己犠牲に、仏道の大慈悲の理想を見ていたに違いない。

子どもたちが、目のあたりに月を眺めながらこの話を聞くさまを想像すると、なにやら尊い気がする(一部省略)。

単純な私はこの兎の話を読んで目頭が潤みましたが、同時にポーランドのコルベ神父のことを思い出しました。長崎で布教活動を続けたあと故国に帰った神父は、妻子のある人の身代わりとなってアウシュビッツの強制収容所で亡くなられました。兎さんやコルベ神父様のような方の百分の一の優しい心が人間たちにあれば、世の中には戦争もない、よき世界が生まれるのだろうかと、ふと考えたりもします。

 

10月のお知らせ

10月28日(水)夜8時~12時まで長崎市医師会(栄町)

で内科夜間救急の担当をしています。