ふくろう通信

ふくろう通信 鳥島、奇跡の島 アホウドリの悲劇とその後の保護活動

4月末にわが愛犬のふるさと、尾道にまた行ってきました。これで4度目の訪問ですが、長崎を小さくしたような味わい深い所です。しまなみ海道を通ると、次々に特色のある島々が展開され、橋も自然も美しく、美味しいかんきつ類が生産される豊かな所です。このことを書こうかなと思い、テレビを何となくつけると(5月5日)、「鳥島」のことが放映されていました。同じ島ながら大変遠く、自然も厳しい所です。アホウドリが沢山殺された島、ということは漠然と知っていましたが、改めていろいろなことを知り、大変見ごたえのある番組(黒潮に乗って奇跡の島へ)でした。今回はアホウドリに絞って、放映された内容に沿い書いていきたいと思います。

 

鳥島とはどこ?鳥島は北緯30°29′東経140°18′の太平洋上にあり、伊豆半島の南端、東京から600㎞、八丈島からは300㎞南に位置する孤島です。ずいぶんと遠い所ですね。右地図で確かめてください。

アホウドリ鳥島は「ジョン万次郎」が漂流した島で有名ですが、それ以外にも沢山の漂流者がいて、無数にいたアホウドリを食べで生き延びたのでした。もちろん万次郎もその一人でした。アホウドリは人を怖がらないので、簡単に殴り殺されたのです。名前からして可哀そうですね。この島も含め北太平洋諸島には数十万羽以上はいたと思われます。それが!

羽毛採取による乱獲と急激な減少明治の実業家、玉置半右衛門はアホウドリが羽毛布団のいい材料になることに目をつけ、鳥島やその他の島のアホウドリを組織的に徹底的に殺して、巨万の富を得ました。大変なワルです。羽毛は欧米に輸出され、明治45年までに少なくとも、何と500万羽以上の鳥が殺されました。鳥島は火山島でしたので、明治35年の爆発で羽毛採取の島民、125人は全員死亡、運の強い玉置は不在で助かり、その後も政治力に物を言わせ羽毛採取は再開され、アホウドリは壊滅しました。

絶滅宣言と再発見 1949年米国人オースチンの観察により、絶滅が推定され、これが絶滅宣言となりました。しかし1951年島内を巡視していた山本正司は、人が近づけない、断崖に囲まれた急斜面に少数のアホウドリがいることを発見したのです。

再発見後の保護活動アホウドリ再発見後、鳥島測候所の職員のボランティア活動や、遅すぎた特別天然記念物指定(1962)などで個体数も少しずつ増えてきました。さらに1970年後半に入り、京大出身の長谷川博氏(右)が渾身の保護活動を行ってきました。テレビでもその姿を見て立派な方だと痛感しました。2016年3月から5月まで2ヶ月間の調査結果、巣立ちひな数は472羽で、鳥島集団の総個体数は推定約4,220羽にまでなっています。密漁、乱獲などは日本人とは関係ないように思いがちですが、当時から懸念されていたにもかかわらず、金に目がくらんで膨大な数のアホウドリを殺してしましました。アホウドリは写真のように、大変美しく優しい鳥です。この鳥や他の多くの絶滅に瀕している地球上の動物のため、自分自身にも何ができるか、愛犬を見つめながら考え込みました。