ふくろう通信

ふくろう通信 二人のバイオリンの先生の思い出

ふくろう通信

2015年11月

 

二人のバイオリンの先生の思い出

今でこそ、優秀なバイオリン教師は長崎に多くおられますが、昔々、今から50年以上前には長崎にはお二人のバイオリンの先生くらいしかおられませんでした。

お二人のお名前は、吉田貞次先生と井上将英先生です。
吉田先生は私の師匠でした。
井上先生は「さだまさし」の先生、お二人は様々な意味で対象的な先生でした。

私の幼稚園時代の昭和30年台のころは、バイオリンを習っている生徒はまだまだ少なかったように思います。
愛宕教会レデンプトール幼稚園の第1回生だった私は、情操教育に熱く燃えた幼稚園の先生方の紹介で、バイオリンを習うこととなりました。
先生は長崎児童バイオリンの吉田貞次先生でした。
先生の方針はアマチュアリズムに徹し、ことさら英才教育をするわけではありませんでした。
人生の楽しみの一つになるようにと、とても優しく、本当に穏やかに教えられました。
叱られた思い出は何一つありません。
そして音楽が本当にお好きな先生で、子供たちにオーケストラの楽しみを教えて頂きました。
これはとてもとても貴重な経験でした。

スッペの軽騎兵序曲、ロッシーニのセリビアの理髪師序曲、モーツアルトやハイドンの交響曲、管弦楽曲、チャイコフスキーの弦楽セレナーデ等を弾いていました。
毎年児童バイオリンオーケストラの演奏会と独奏会が別々に開かれました。
古い方ならご存知の三菱会館、県立図書館ホール、その後昭和36年以降は市公会堂で弾いていました。
私が音楽好きになったのは、吉田先生のおかげと深く感謝する次第です。

 

私が田上病院に勤務していた平成10年ころ、高齢の井上将英先生がリハビリに来られていました。
この方が「さだまさし」を教えられていた高名な先生とわかり、先生が来られるたびにいろいろなお話を伺いました。
楽しいお話しをされるのですが、目は生き生きして厳しい輝きがありました。
お若いころはさぞ厳しかっただろうなと拝察されました。
さだまさしの著書からもそれが伺われますし、またバイオリン教師で高名なK先生も佐田さんと同期で井上先生に習われた方で、その厳しさは大変なものだった、と語られています。

私はさだまさしの弟、佐田繁理君と伊良林小学校で同じクラスでした。
佐田君の家は小学校のすぐ裏で、そこに時々遊びに行っていました。
「バイオリンは井上先生に代った方がいいよ」と佐田君のお母さんは親切に仰るのですが、私は先生がとても厳しい先生だと知っていましたので、お断りしていました。

先生はエリート主義というか英才教育で、指導を受けた方たちは、皆さんとても上手になられていたように思います。
先生の息子さんもアメリカに留学され、東京音楽大学の教授になられました。

晩年先生は我が家にも来られて、私たち仲間の四重奏の演奏を聴いていただきました。
感想は一言「特に話すことはありません。」厳しいですね。

バイオリンの指導を通し、長崎の音楽教育に貢献し、多くのバイオリン愛好家を育てていただいた、今は亡きお二人の先生方に、深い敬意と感謝の気持ちを捧げたいと思います。

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ベートーベン第9 長崎交響楽団第86回定期演奏会

12月27日(日曜日) ブリックホール PM2時開演