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ふくろう通信 橋口町に居をかまえて~開業15周年~

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20153

 

橋口町に居をかまえて

私はこの橋口町に住み始めて、はや20年が過ぎ、この地に内科クリニックを開業して15年が過ぎました。
大学時代、このあたりは友人の下宿先が多くあり、遊びまわっていた地でもあります。
これを機会に昔を少し振りかえってみましょう。

 

★橋口町、平和町、岡町、平野町は私の患者さんが多く住まわれている街です。
少ない平地の長崎市でも比較的平らで、住みやすいところでもあります。
私の実家は山の上の方にあって、昔は道も細くて悪く、学校に行くにも何をするにも大変な所でした。
それに比べこの辺りは本当に便利な所だな、と思います。

 

★ずっと以前、自宅の土地を物色していたところ、妻がやっと現在の場所を見つけました。
橋口町です。久しぶりに訪れ、非常に懐かしい感じがしたものでした。
この辺りはまさに、私の青春時代の地であったからです。
学生時代、飲みすぎて家に帰れない時は、友人の下宿によく泊まっていました。
そのような下宿がここあたりに多く、そのうちの一つ、H氏のお宅の下宿には、私も出入りしていました。
医学部の学生やオーケストラの同僚、先輩が世話になっていましたが、そこのご夫妻が私の診療所に来られ、患者さんとなっていただきました。
これも何かの縁だったのでしょう。診察中、昔話に花が咲きました。

 

★この地に1994年末自宅を建てました。
当時は結構土地代もしましたので、もう開業することもないのかなと思っていました。

家内はそんな折どういう訳か、医療事務の勉強をしておりました。
私自身は内心、役立つのだろうか?とも考えていましたが、そんな時に一通のハガキ、「開業のお手伝します」というリフォーム等を扱う業者、ALSさんからです。
同社は元西田医院跡はどうかと勧めます。
諦めかけていた開業を再び考えなおし、そこに開業することに決めました。
実は同社の社長さんは実家の矢の平の家のリフォーム時、お邪魔したことを覚えておられました。
私の妹のことも覚えておられ、深窓の令嬢さんとちゃかして言っておられました。これも何かの縁ですね。

★故西田先生は地元の方々から大変、尊敬されたお医者さんだったことが、開業してよく解りました。
私の友人らも大変お世話になったと後から聞いたりします。
私の患者さん自ら、西田先生のことをよく褒められます。
後任の私は人格において大いに遅れをとりますが、何とか頑張って今までやってきました。
これも西田先生ご夫妻、そしてそのご家族の皆さん、ALSの方々、地域の方々が開業当初から応援していただいたおかげなのだと、肝に銘じております。

 

★私自身はあまり敬虔とは言えない、仏教徒でありますが、何故かキリスト教とつながりがあるようです。
幼稚園は愛宕教会のレデンプトール幼稚園でした。
日々のお祈りもして、カトリックの一端に小さいころから触れることとなりました。
開業したところも浦上教会のすぐそば、患者さんの半数以上はカトリックの方のようです。
仕事を通じて立派な神父さんやシスターの方々ともお知り合いになりました。

さらに最近、信徒発見150周年記念の行事の一環の演奏会で、サンタマリア合奏団の一員としてモーツアルトのハレルヤを演奏することになりました。

私自身このような信仰の厚い土地柄、そして被爆中心地で仕事ができることは何かの因縁のようにも感じます。

★これからもどうぞよろしくお願いします。