ふくろう通信

ふくろう通信 死に方と、来世の存在についての考察

ふくろう通信

2013年6月

 

死に方と、来世の存在についての考察

皆さまは健康には留意されて、少しの体の異変に気づいて、私どもの医療機関に来ていただいていますが、その結果大丈夫だったり、実は重要な病気が潜んでいたりで、その後の人生に大きな影響を与えることになったりします。

日ごろ自分の余命について、あまり気にも留めなかった方々でも、結果次第では大変うろたえます。
私も大量の下血と貧血でふらふらした時、がんなのだろうか、と一瞬自分の死を考え、開業したばかりなのに、これからどうしようか、と考えたことがあります。

幸いストレス性の十二指腸潰瘍からの出血だったのですが。

祖父の死
死は私たちの生活からかけ離れたものとなりました。
以前はもっと身近なもので、戦争中はそれこそ、目前にあったことでしょう。
ところが現在では死は病院に任せが多いですね。

私の祖父の死では、私はいろいろ考えさせられました。
黄疸が出て、86歳で病院に入院。見舞いに来た私に「退院したらお前にビフテキをおなか一杯食べさせるよ」といってくれて、私もその日を待ち望んでいました。
しかし病状は悪化、そのような中、突然退院するといって自宅に戻り、皆を呼んで、望んだ末期の水の儀式を行った後、すぐに昏睡状態に陥り、それから一週間後、座敷の上で亡くなりました。
大変身近な死でしたし、何とも見事な死に方で大往生でした。
私を大変可愛がってくれた祖父の思い出は数知れず、その祖父は一体どこに行ったのか、ふと考えることがあります。

 

人は死なない
私も還暦近くの年齢になりましたので、祖父以外に遠くに行ってしまった、懐かしい方々が増えてきました。
そのような方たちと、私は時々心の中で会話をすることがあります。
直観的ですが彼らはどこかで、私たちを見守ってくれていると思うのです。

東京大学救急医学分野教授の矢作直樹氏が『人は死なない』という衝撃的な題名の本を出しまた。
年齢も私と同じ、寸暇を惜しんで仕事一筋、我欲がなく、独身の清廉潔白な人が書いただけに真実味がこもっています。
その中に、死んだ母親との対面の場があります。
霊媒を通して、その人から出てくる言葉、その話しぶりはまさに母親そのものであり、また、母親と自分だけしか絶対知らないこともどんどん出てくることに、これはやはりあの世の母親と会話している、と確信を得たといっています。

 

エドガー・ケーシー
あの世はあるのか、まず結論から先に言うと「あるだろう」ということになります。
もちろん、誰もあの世に行って、またもどってくる人はないので、本当の確証はないのですが、上のような傍証はいろいろとあります。

エドガー・ケーシーというアメリカ人がいます。
ご存じの方も多いでしょうが、この人について語ると大著の本以上となりますので、ここでは輪廻転生のことについてのみ書きます。
彼は敬虔なクリスチャンでしたが、あるきっかけで患者を治す超能力を得て、同時に人間は輪廻転生して、その一生は自分を高めるためにあると気づきました。
このために教会から破門されますが、実はキリスト教自身もAD325年ニカイア公会議以前は輪廻転生を認めていたふしがあります。
私たちは何のために生きているのか、死んで灰になるためだけではなさそうです。
自分を磨き、人のために精一杯生きる、たとえば私の好きな、宮沢賢治のような人に少しでも近づくことでしょうか。