ふくろう通信

ふくろう通信 何故富士山はいいのか

20111 

 

明けましておめでとうございます

本年もどうぞよろしくお願いします。昨年の夏の暑さは今までにないものでしたが、年末から年始にかけては、今度は猛烈な寒波、積雪というわけで気候も社会情勢同様、波乱気味の様相です。ところで私は皆さんの多くの方と同じく富士山が大好きです。私の幼少児、長崎市にある金比羅山を見て、あれが富士山だと本当に思っていましたが、大人たちから誤りを指摘された時、本当にがっかりしたことを思い出します。富士山は日本のシンボル、元気ない今の日本に頑張れの思いをこめ、今回は富士山について述べます。

 

 

歴史の山『富士山』、愛される理由は?

富士の語源:古文献では不二山と表記され、「不二」は日本最高峰の並ぶものの無いという意とされます。また、『竹取物語』の最後の章では、かぐや姫から不老不死の薬を授けられた帝が、家臣に命じ不老不死の薬を、駿河国にある天に一番近く日本で一番高い山頂で焼くという描写があり、結びは「つわものらを大勢連れて山へ登った事から、その山を”富士の山(士に富む山)”と名付けた」となっています。その他諸説紛々、昔から大変注目されてきた山です。

 

富士山の噴火:富士山はいつも静かな山ではありません。歴史的には延暦19年~21年(800年~802年)に延暦噴火、貞観6年(864年)に貞観噴火。最後に富士山が噴火したのは宝永4年(1707年)の宝永大噴火で、噴煙は成層圏まで到達し、江戸では約4cmの火山灰が降り積りました。また、宝永大噴火によって富士山の山体に宝永山が形成され、その後も火山性の地震や噴気が観測されており、今後も噴火の可能性が十分ある生きた山です。

 

富士山にちなむ美術、文学:富士山を愛した葛飾北斎は、晩年に錦絵による富士図の連作版画『冨嶽三十六景』を出版、大胆な構図や遠近法を駆使して夏の赤富士を描いた『凱風快晴』や荒れ狂う大波と富士を描いた『神奈川沖浪裏』などが有名です。文学では古くは万葉集、新古今和歌集、竹取物語に多く記され、近年では太宰治の『富嶽百景』、新田次郎は富士山頂測候所に勤務していた経験をもとに、富士山の強力(ごうりき)の生き方を描いた直木賞受賞作『強力伝』や、映画化もされた『富士山頂』など数々の富士にまつわる作品を執筆しています。

 

富士山は誰にもすぐに理解され、愛される形の山ですそう偏屈でない日本人なら、富士山を見ると何かほっとするものを感じます。それは形が安定して大変素晴らしく、日本でもっとも高い(3776m)、単独峰独特の厳かさも感じられるからです。そのため富士講など富士山信仰も根強いものがあります。また各地に何とか富士も多いですね。私は以前、飛行機から見下ろした時の、新雪を頂いた富士を見た時は、息を呑む美しさに打震えました。またつい最近50年ぶりに箱根周辺に行き、富士山を真近に見ましたが、安らぎと深い感動を覚えました。富士山は私たちに力と希望を与え続けています。日本人の誇り富士山です。