ふくろう通信

ふくろう通信 長崎交響楽団のアメリカ演奏旅行

2009年6月 

1995 長崎交響楽団のアメリカ演奏旅行 手記より

 

 

先月は長崎交響楽団(以下長響)演奏会があり、私も出演、なかなか好評でした。
整理していると、私の古い原稿(長響米国演奏旅行)が出てきました。
まだどこにも発表せずにしまい込んでいたもので、懐かしく読み返しました。せっかくと思い、一部加筆訂正してここに発表します。

 

私の生まれた年の翌年である、1955年に長崎市とミネソタ州の州都セントポール市(以下セ市)と日本で最初となる姉妹都市の縁組を結んだ。それも12月7日、日本時間では12月8日、連合艦隊の真珠湾攻撃が開始された、まさにその日時だ。
あの日を忘れないためというのが米国側の理屈だが、長崎は米軍に原子爆弾を投下され、多数の人が瞬時に亡くなり、その結果戦争は投下6日後に終結した。その長崎が米国の都市と一番最初に姉妹都市の縁を結んだ。

 

今年(1995年)長響は創立25周年にあたる。

また戦後50年を迎え、姉妹都市締結40周年にも当る今年、セ市に演奏旅行に行こうということになった。セ市は美しく、文化水準が非常に高い都市であった。北欧やドイツからの移民が多く、教育水準は全米で1.2位を争うほど、近くには世界最高の水準を誇る教育的病院、メイヨークリニックもある。

またオペラハウスや音楽専用ホール、プロのセントポール室内管弦楽団、全米でも有数のミネソタ交響楽団もあり、音楽的環境はすこぶる高い。そんなところにのりくむわけだから少々のためらいもあったが、結論から言うと、この演奏旅行は大成功だった。

 

1995年8月1日火曜日、第1回演奏会がオショネシーホールで開催された。
指揮者は堀俊介氏、ピアノ演奏は伊藤恵さん、ともに優れたプロの方たちである。曲目は武満徹の「弦楽のためのレクイエム」シューマンの「ピアノ協奏曲」、そしてチャイコフスキーの「交響曲第5番ホ短調」。
ピアノ演奏が特に素晴らしく、一楽章が終わった段階で異例の大きな拍手、すべてのプログラムが終了した時、観客は総立ちとなり、拍手喝采、ブラボーの嵐。
本当に心のこもった暖かい拍手だった。翌日はセ市の中心部にある、ランドマークセンターで開催された。
創立100年以上の、お城のような優雅な建物で、ここでセントポールのアマチュアオーケストラと合同交歓演奏を行った。最後はお馴染みの「星条旗よ永遠なれ」ではじめは日本側指揮者の堀氏、次いでアメリカの指揮者フォーナーさんが同じ曲を2回演奏し、非常に盛り上がった。

 

練習の合間には市内見物、ミネソタ州議事堂はまるで国会議事堂のようであり壮大豪華、ヴァチカンのサンピエトロ大寺院を模した1915年完成のセントポール大聖堂は、3000人を収容、ドームの高さは53mもあり、これだけ巨大で立派な大聖堂はアメリカにも少いという。
1904年創建の180万mm2の巨大な広さの自然公園、何もかもが大きいのである。コモパークは多くの湖、動植物園、ゴルフ場、遊園地、日本庭園と多数の施設に恵まれ、市民に喜ばれているようだ。

セ市を後にニューヨークへ。初めてみる摩天楼は迫力があった。

ジャズやクラシック音楽、ミュージカル、各美術館を鑑賞したり、(今はなき)世界貿易センタービルに上ってニューヨーク市を一望した。そんなこんなで楽しいニューヨークを過ごした。最後に長崎がセ市に劣らず、もっともっと文化の薫り高い街になって欲しいと強く願いながら、アメリカを後にしたのである。